殺るか、殺られるか 6 (神はいない) | ヒトコワ新聞

殺るか、殺られるか 6 (神はいない)

殺るか、殺られるか 5 の続きです。


「さて、お母さん方・・・。
 ここからは金銭面での話し合いです。
 先ほども言ったとおり、私の中では修理したらいいとか
 子供がやったことだからいいだろう、という気持ちには
 とてもなれません。その上でお話させていただいて
 よろしいでしょうか?」



「えむさんの言うとおりで結構ですから・・・。」

母親二人は小さくうなずいている。



「もう、この車には乗りたくない、というのが本音です。
 しかし、この車はローンもまだ残っており、車を売っても
 まだ借金が残る、という状態です。」


「なぜ、私がいやな思いまでして、車を売って、借金が残る、
 これでは正直、納得の行く解決とは思えません。」


「ですので、もし、私にあなた達への要求があるとすれば・・・。」



車を交換してください。



一瞬、周りの表情が固まる。
それから一分間くらいだろうか、みな、下をうつむいている。
そんな中、学年主任が口を開いた。


「え~、私はてっきり賠償はボンネットの修理だけでいいと思って
 いたので、正直戸惑っていますが・・・。お母さんたち、どうですか?」



・・・おいおい。


誰が
「ボンネットの修理だけでいい」って





誰が言ったよ



学校側は早期解決を図ろうとしているのだろうが、
ちょっとこの対応に、学校側に対しても不信感を感じた。


「お母さん側から、何か・・・。」


沈黙が続いているせいか、発言を促す学年主任。



「あの・・・」


母親の一人から口を開く。


「この度はえむさんの大事な車をこのようにしてしまい、申し訳
 ありませんでした・・・。」


もう一人の母親も・・・


「先ほどのお母さんと同じ気持ちです。すいませんでした。
 ただ・・・。」



ん?「ただ・・・?」
何だろう・・・?



「ただ、うちの子はえむさんに悪意があってやったわけじゃなくて
 車がかっこいい、という理由でやったようなので、
 うちの子は
悪い子では無いですから。

 そのへんは理解してあげてください。」





ん・・・?




リプレイ。





うちの子は
悪い子では無いですから。







おいおい・・・。


「車がかっこいい」という理由で
人の車をへこますなら




いい子なのかよ!



お前ら本当に
「すいませんでした」って気持ちあるのか?
普通なら「デキの悪い子ですいません。」って息子を
その場だけでも落とすもんだろうよ。
なんでこの場で罪人を持ち上げるのさ。



しかも、よりによって





うちの子は
悪い子では無いですから。

ときたもんだ。




・・・世の中に神はいないのか?



「えぇ、別にあなたのお子さんが不良とか、人間のクズとか
 そういうこと言っているわけじゃないので、その辺は・・・。」


なぜか、とっさに切り返しフォローを入れる私。
長く営業職をやっているせいか、こんなところで
ソトヅラを発揮。


むしろ、予想外の言葉に一瞬パニックを起こして
口からでたフォローだと思う。


しかし・・・。


この加害者側からは何も


「加害者意識」


のカケラの一寸も感じられない。


「一応、今回の件は私は言うだけ言ったので、後はそちらの対応を
 待つだけです。私は言うだけいったので、終わります。」


深く椅子に腰掛ける。


「・・・え~、えむさんはこのように言っているので、お母さん方、
 とりあえず今日は家にこの話を持ち帰って家族で相談なされたほうが
 いいんじゃないですか?」




学年主任の一言で、この日の話し合いは幕を閉じた。


私としては、この時点で両親揃って話し合い、金銭面でもはっきり
お互いの主張を確認し、折り合いをつけて終了、となる予定であった。
特に、先に電話してきた父親の件もあり、父親同席は当然だろうと
思っていた。



だが、案の定、母親たちだけではなんの解決も、話し合いもできなかった。



「すいませんでした、そこで自分たちはこうしたいんですが」


という提案もなかった。
ただ、謝罪し、金銭面の相談を家に持ち帰る母親。


「これではなんの意味もない。」


私はそう思い、席を後にした。


そこには・・・



校長室に入った直後に想像した状況が現実のものとなり
肩を落とした自分がいた。


しかし・・・。



この話し合いが後に私の


戦闘モード


へのスイッチとなることは、
自分自身でも想像ができなかった。


殺るか、殺られるか 7 につづく。