殺るか、殺られるか。 8 (許せない) | ヒトコワ新聞

殺るか、殺られるか。 8 (許せない)

殺るか、殺られるか。7 の続きです。


総勢11名が今日の話合いのために配置された
テーブルを囲んでいる。


私の席は教師側、教頭、校長、その次の席。
加害者側の両親は少しうつむいている。


「まずは改めてご挨拶を・・・」


学年主任が声をかけると、例の母親たちと
はじめて見る男性二人が立ち上がり、
その男性たちは


「私は○○の父です。この度はご迷惑をおかけしました。」


もう一人の男性は


「○○の父です。前は電話で失礼いたしました。
 ご迷惑をおかけしました。」


と頭を下げた。


ようやく加害者の父親、登場である。



私と、加害者の両親、お互い少し頭を下げ、着席する。
学年主任が話を進める。


「え~、この前の件に関しましては、ご両親とも悪いという気持ちが
 あって、今回、話し合いのために来てくださいました。
 前回はお母さん方しか、おりませんでしたので
 今回はお父さんの方から、えむさんに今の気持ちを伝えてください。」


父親の一人が、それに応える。


「この度はすいませんでした。今日、学校側からえむさんの車への
 思い入れを聞いて、本当に申し訳なく思っています。
 申し訳ありませんでした。」


もう一人が


「この度はすいませんでした。○○さんのお父さんと同じ気持ちです。
 実は、この前ラジオで「学校で働く職員が車を壊された」という
 放送が流れてまして、私も聞いておりました。あれ、えむさんですよね?」


あ・・・。
うちのカミさんが指名手配したやつだな・・・。


「えぇ、うちのカミさんがやっていたみたいですが。」


すると、父親


「実はあの時、車の中で聞いておりまして、ひどいヤツがいるもんだ、と
 思っておりました。まさか、私の息子がやっているとは
 思いもよりませんでした。この度は申し訳ありませんでした。」


と頭を下げる。


カミさんの大捜索はとりあえず、効果があったらしい。


「えむさんからは、何か?」


学年主任が話を振る。


「この度は教育上、良くない発言をしました。謝罪申し上げます。
 申し訳ありませんでした。」


周りが静まる。私もこれ以上、何も言わなかった。
この発言をすることでとりあえず母親の機嫌をとっておく。
もちろん、血圧は上がっていただろうが。
それでも、謝ったのは理由がある。


私の今日のコンセプトは


「静」


だからだ。
つまり、相手を見ることに意識を集中していた。


「え~、お互いとりあえず悪かった、ということで話は済みましたので
 後は金銭面の話ですね。えむさん、どうですか?」


相変わらず、何も話をわかっちゃいない学年主任。
こっちは返事待ちだというのに。


「私は言いたいことは申し上げました。」


一瞬にして緊迫ムードが高まる。


・・・。


校長が割って入る。


「えむさんね、一応今の時点でえむさんがどのくらい具体的な賠償を
 求めているのか、もう一度お父さんたちに伝えたほうがいいのでは
 ないだろうか?
 その・・・ボンネットの修理でいいのか、前と変わらず車交換なのか
 もしくはどのくらいの金額でいいのかとか・・・。」



・・・。


私は黙っていた。


そのまま3分くらいの時間がたったのだろうか。
周りの神経が高まり、テンションが張っている雰囲気は
まだ消えない。


「じゃあ、申し上げます。正直言って、金銭や修理や、車交換では
 もう、私は納得できません。」


私のとっさの一言に、空気が変わる。


「しかし、現実問題として、納得できないから、あなたたちの息子を
 半殺しにする、というのも道理が違うと考えます。」


「大変、不本意でありますが、もし、金銭で解決するとするならば・・・。」


・・・校長や学年主任は軽く2回ほど、うなずいている。





「車を交換してください。」



・・・。


「でも、言います。これは私の要求です。
 あなた方が私の要求にどれくらい応えられるのか、現実問題としては
 車交換は無理でしょう。しかしながら、私はあなた方の答えを
 まだいただいておりません。

 私の要求に対し、あなた方はどのくらいのレベルで応えていただける
 のでしょうか?これは以前から言っていることです。」


すかさず学年主任が


「え~、えむさんはこう言っておられます。ご両親からは、何か?」


加害者側はなにやらゴソゴソと話している。
もちろん、その声の端々から漏れる声は私の要求に対し、
否定的な言葉だ。


「あのぉ~。まずは見積もりを見てみないと何とも
 言えないんですが・・・。」


「そうですね。見積もりを見ないとなんとも・・・。」


父親達が発言する。
私には


「こんな金払えないよ。修理代の見積もり見せてみろよ。」
「そうだ、そうだ!」


にしか、聞こえなかったが。


今日のコンセプトに従い、書類を広げる。


新車購入時の見積もり

現在の車の業者買取時の査定書

ボンネットの修理代


私は一つ一つ、丁寧に説明した。


「この中古車査定時の価格はあくまでボンネットがへこんだままの
 状態での価格です。業者の方はボンネットを交換すると、さらに
 価値が○○円下がる、と言っています。」

「書面にはかけないとのことで証言していただける、との
 確約をいただきました。また、この金額はお店によって異なるそうです。」


食い入るように見積書を見ている加害者側。


「なお、この金額には修理時の代車費用は計算に入っておりません。
 また、これだけの思い入れがある車をめちゃくちゃにされた、
 という精神的苦痛による慰謝料も当然入っておりません。」


「あとは、私の話、車の損害を含めて、そちらさんがどこまで
 やっていただけるかです。まだ、私はあなた方の意見、要求を
 聞いておりませんので。」


・・・。


父親達は小声で


「ボンネットは当然として、価値が落ちた分はどうするか・・・。」

「いや、これは損害の金額として出ている分だから、これは
 払うべきだと思いますよ。」

などと、やり取りしている。


その横で、修理工場を営んでいる加害者の家庭の母親が
なにやら言い始めた。


「あの~、この見積もりは○○自動車さんのものですよねぇ。
 あそこは代車タダなんで、代車費用は出ないはずですよ。」


知っているのか、知ったかぶりだかはわからないが、
声を上げている。私には


「余計な金は一円も出さないよ!」


にしか、聞こえなかったが。


続いて、父親。


「あの~、やはり、車交換というのは難しいので、ボンネットの
 修理代をお支払いする、ということでお願いできないでしょうか?」


すかさず私は


「仮に、私への精神的な慰謝料や代車費用を抜きにしても、
 ボンネットを修理した時点で車の価値は下がりますよね。
 なんで、あなたたちから損害を受けて、その損害を
 私が支払わないといけないのでしょうか?」


・・・。
また、父親たちがボソボソ話し始めた。


「やはり、車の価値が落ちる、というのは見積もりにも出ているので
 見積もりに出ている分のお支払い、ということでどうでしょうか?」


・・・。


・・・。


私は腕組みをして黙っていた。


こいつらは、はっきり言って許せない。

いくら払われても許せない。

安く上げようと見え見えなのがもっと許せない。



しかし・・・。


学校側が間に立っている。
この現実は変えられない。
学校の人たちが動いてくれたおかげで、犯人が見つかったという
事実もある。

しかも、あと半年はその職場に出入りする。
コイツラは許せないが、ここで話を蹴れば私のために動いてくれた
職場の人たちがかわいそうだ。
そんな顔をあと半年見るのはつらい。


しかし、許せない。


こんな考えがエンドレスにめぐってきた。


・・・5分ほど、時は経過していた。
私は、私の価値観で最大の妥協点を見出す。


殺るか、殺られるか。 9 につづく。