殺るか、殺られるか 10 (約束) | ヒトコワ新聞

殺るか、殺られるか 10 (約束)

殺るか、殺られるか 9の続きです。


「2ヶ月後まで待ってもらえないでしょうか・・・。」


一人の父親が申し訳なさそうに、こう言った。


「すいません。お金の面で、都合がつかないので・・・。
 12月にお支払い、ということでお願いできないでしょうか・・・。」


支払い金額は15万円。
しかし、加害者2人で割るので7万5千円。





7万5千円。





この父親はもう一人の父親に比べ、紳士的な人だった。
また、きれいなスーツや、身なりをしており、私の目には金銭面で
困っているように見えなかった。


もし、私が加害者側で、普通の仕事をして、ブラックリストに
載っていない社会的信用も普通にある立場の人間なら、
たとえその場で7万5千円持っていなくても



無人君に即ダッシュするのに。



私はこう言った。



「私は、こういう問題が長引くとお互いにとって
 あまりよくないんじゃないかと思います。
 しかし、正式にこの場でお約束していただけるのならば、
 私はかまいません。」


「あとは、加害者さん同士でお話してはいかがでしょうか?
 まぁ、もう一人の加害者側が立て替えて私に
 お支払いして、あなたはそちらにお支払いする、
 という選択肢もあるとは思いますが。」

 
「その辺は、加害者さん同士で決めてください。
 加害者さんたちも長期化するのはいい気持ちしないのでは
 ないですか?」


・・・加害者同士で協議している。


どうやら、まとまったらしい。


「え~、では12月にお支払い、ということでよろしいで
 しょうか?ご両親の方。」


学年主任がまとめる。


私は口を挟んだ。


「12月、というのはアバウトなので、何月、何日、何時、
 という風に具体的に 日時指定をしたほうがいいかと思います。
 あとで、ああじゃない、こうじゃない、という問題が
 起きるのは嫌なので。」


私は大勢証人がいる「この場」で、確約がほしかった。
往々にしてこの手の問題は時間が経過すると、それだけで
複雑になると思ったからだ。しかも、2ヶ月。



ここで勝負を決めなくては。




「12月の10日以降なら、お支払いできます。」


先ほどの父親が言ってきた。


「え~、では・・・。
 12月10日は金曜日ですので、すこし余裕を持って
 12月13日、月曜日でどうでしょうか、みなさん。」


学年主任がまとめる。


私、加害者側、両者とも、うなずく。


「では、12月の13日、加害者側がえむさんに
 15万円お支払いするということでよろしいですね。
 金銭の受け渡しはどうしましょうか?」


加害者側と、学校が協議している。


「決まりました。受け渡しは加害者側から私(学年主任)が
 預かり、それをえむさんに渡す、ということで決まりました。
 これで両者、よろしいですよね?」


両者、うなずく。



・・・しかし、「2ヶ月」だ。
この2ヶ月の間に何があるか、わからない。


私は念を押し、こう言った。


「すいません、ちょっといいですか?
 これは、この話し合いのなかで決まった確約として
 お互い実行する、というのを確認させてください。
 たとえば、私が「もっと金をくれ」だとか、
 そちらさんが 「いや、やっぱり払えないよ」というのは
 お互い、一切なしにしましょう。
 その辺はお約束できますか?期日の面も含めて。
 もし、無理があるなら、今のうちに申し上げてください。」


すると、加害者の父親の一人が


「いや、こちらも同じ気持ちです。この金額で許して
 いただけるというのは変わらないんですよね・・・。
 こちらもそのようにお願いしたいです。」



・・・上手く、まとまったようだ。


「あの・・・。」


例の修理工場を営んでいるほうの母親だ。


「修理代の領収書はいただけますでしょうか?
 ○○自動車のやつです。」


私は

「それはかまいませんが、金額的に加害者側が1家族あたりが
 支払う額と差が出ますよ。しかも、この車両価値が落ちる分に
 ついては領収書がでません。そこらへんはどうなんですか?」


と返す。


この発言の目的はおそらく、税金対策だろう。
自動車業を営んでいるとのことなので、
同じ業種の領収書なら経費扱いにでき、節税できる。


もしくは、私がそのお金で修理するかどうかを
疑ってみているか・・・だ。


本当に・・・子供が哀れでならない。


加害者同士、この件について話し合い
まとまったようだ。
私も、この件に関して承諾する。



もう何時間、過ぎたのだろうか。
私は壁掛け時計に目をやる。



話し合いは夕方6時から始まり、時計はもう夜9時を回っていた。
加害者側の子供は、どこで夕飯を食べているのだろうか?


「では、最終確認もいたしましたし、もうだいぶ遅くなっているので
 閉じたいと思います。お疲れ様でした。」


学年主任が促した。


「お疲れ様でした~。」


いっせいに11名が頭を下げる。





みな、会議室から外に出て行く。
職員が、安堵の顔を浮かべながら
一人、一人、外へ・・・。



その中で、校長が父親と握手をしている場面が目に入った。
「生徒と共に、またがんばりましょう」
と、声をながら握手をしている。




私は、この親たちが心底にくかったが
今後、何かあった時スムーズに行くように私も父親のところに近寄った。


父親の一人に声をかけた。


「お疲れ様でした・・・。
 お母さんから聞いた時、「嫌なヤツだ」とお思いでしたでしょう。
 実際、私は本当に嫌なヤツです。
 今回ばかりは相手が悪かったと思って勘弁してください。」



すると、父親
「いえ、これで本当に許していただけるんですよね。」


私、
「えぇ。もちろんです。お疲れ様でした。」


と、声をかけ軽く握手、隣の父親に向かう。


「お疲れ様でした・・・。」


先ほど、「待ってくれ」と言った父親だ。


「本当に申し訳ありませんでした。
 ラジオでのこと、奥様には私が犯人でしたとお伝えください。
 申し訳ありませんでした。」


その父親とも軽い握手をし、スッっと離れた。





ちなみに私は、本当に好意を持っている人と握手する時は
力強くする、アメリカンスタイルだ。



・・・そばにいた母親達は、バツが悪そうに会議室から
そそくさと出て行く。


その足で、自分の荷物がおいてある職員室へ向かう。


職員は、先程会議室にいたメンバー以外は誰もいない。
みな、思い思いに「やっと終わった」という顔をしている。


私は、その場で
「みなさん、本当にありがとうございました!」
と、深く頭を下げた。
声も、広い職員室いっぱいに響くように。


話はまとまった。


あとは、約束が果たされるか、どうか。


本当にこの幕が閉じるのは、
少なくとも2ヶ月後以降になる。





私はしばらく車に乗らず、出勤していた。


2週間に1回の洗車もこの1ヵ月半、していない。


ツバは雨で流されていたが、ボンネットはへこんだままだ。


加害者の母親はこの話合いのあと、身近な父兄や関係者に


「えむさんって知ってる?あの人さぁ・・・。」


と、自分の親しい周囲に私への批判を撒き散らしているらしい。
それは、私の耳にもすぐに届いた。


また、関係者以外知らないはずの話が、父兄などの
周囲に漏れていた。
その事件の最中、突然、校長室に電話があり、


「校長、車の事故があったんだって!?」


と校長の周囲の方からも電話が入ったらしい。
父兄経由というところをみると、批判を撒いているというのは
疑いの余地がない。学校長もそう思っているようだ。



そして私は・・・。


いつもと同じ日常に戻った。



ただ少し違うのは
いつもより・・・。




車を止める場所に気を使うようになっただけだ



殺るか、殺られるか 10.5 に続く。