殺るか、殺られるか (疑心暗鬼) | ヒトコワ新聞

殺るか、殺られるか (疑心暗鬼)

殺るか、殺られるか 10.5 の続きです。


平成16年12月13日、月曜日。


あの事件から、早いもので2ヶ月が経っていた。


あの頃よりも少し肌寒く、
クリスマスソングや年賀状のCMなど、
もう、人々の心は今年を振り返っている、
そんな季節。



平成16年12月13日、月曜日。


私がいつものように、あの職場へ行く。
傷ついた赤い車で。


月曜日の朝は基本的に職員朝会が組まれている。
しかし、あの事件のことは誰も触れなかった。


職員朝会の後は、学年朝会。
もちろん、例の加害者がいた学年も同様に。
私は厳密に言えば部外者の立場なので、
この朝会に参加する義務は一切ない。


しかし、私も人間。
朝から今日の日のことを考えていた。
知らず知らず、学年朝会で聞こえる声に
聞き耳を立てていた。


「え~、ボンネットの件は5時だそうです。」


あまり、よく聞こえなかったが、この部分は聞こえた。


すました顔でその場にあった新聞に目をやった。
世の中に明るい話題は似合わないらしい。



一通り、新聞に目を通した後、いつものように自分の持ち場に
つこうとすると、学年主任が話しかけてきた。


「えむさん、今日の5時、大丈夫?」


私は答える。


「えぇ、何か?」


学年主任が続ける。


「今日、ボンネットの件でお金の受け渡しするんだけど
 向こうの親が5時にくる話しているんだけど・・・。」


たしか、最後の話し合いでは学年主任が預かる、という
話だったはず。


「そうですか。まぁ、別に無理して来なくても大丈夫ですよ。
 最後の話では、来る予定ではなかったですからね。」


話を良く聞くと、加害者の担任が加害者に働きかけて
お金を直接渡したらどうですか?ということを打診したらしい。
もう片方の加害者側は、自ら直接お詫びを兼ねながら渡したい、
とのことらしい。


「ただ、もう一人のお父さんの方が倒れちゃって、
 来れるかわからないみたいだけど。いいよね、えむさん?」


倒れた・・・?
病気でもしたのだろうか?
あの、支払いを待ってくれと言った、紳士的な父親のほうだ。
まさか、金銭的に追い込まれて、副業でバイトでもして
過労で倒れたのだろうか・・・。


「あの後、生徒はまだ落ち着かなくて教室で何回か暴れてるのよ。
 それでお父さん、息子と一緒に授業に入ってるの。毎日。
 それで無理がたたって倒れたみたいなのよね。熱が下がらない
 ってことで。」


どうやら、私と彼らとの約束は果たせなかったらしい。
もう一人の生徒はあの事件以来、落ち着いたそうだが、
あとのもう一人のほうは・・・。


皮肉なものである。どんな家庭かはわからない。
ただ、紳士的な父親がいた家庭のほうの子供が
まだ暴れていたとは。それほど、根深い何かがあるのか。


「いいですよ。私は別に。ホント、大丈夫ですから。」


私は自分の持ち場に戻った。




仕事しながらも、考えが廻る。


「本当に今日で終わるのか。」

「問題が再発する可能性は?」

「今日で解決できなかったら・・・。」


一言でいうと「疑心暗鬼」だ。


「ふぅー・・・。」


少し、休もう。
職員室へ再び足を運び、コーヒーを飲む。
校長と目があった。


「えむさん、最近会話が少ないんじゃないの?」


冗談交じりで私は返す。


「ノー。メニーメニー、カンバセーション、オーケーですよ。」


イミノワカラナイ日本語英語だ。
校長の緊張した顔が少し緩む。


「えむさん、例の件はどうなっている・・・?」


校長も気がかりな様子だ。


「もう学年主任と話はついてます。
 今日の5時だそうです。」


話がついているのは学年主任とだけで、
問題が解決される保証はどこにもないが、
とりあえず答えておく。


「そうか、わかった・・・。」


校長は、少しだけこわばった顔に戻った。


持ち場に戻り、淡々と仕事をする。
近くにいる生徒が


「先生、さっき校長先生が来てたよ」


と教えてくれた。
例の件、でだろうか・・・。


ちなみに学校内では、教員免許がない一般人も


「先生」だ。


私ははじめ、この響きにずいぶん戸惑ったものだ。
私は先生になるために、この職場に出入りしている
訳じゃないのだ。
今では慣れたもので、「先生」呼ばれると
きちんと反応できる。


しかし、少なくとも私が本物の「先生」ならば、
もう少し薄汚い車に乗って出勤するはずだ。


気が付けば、時計は4時45分。


「ガッ、ガガッ・・・」


室内の内線スピーカーからはっきり聞こえる声がした。


「えむさん、職員室にお越しください。」


呼び声に従い、職員室へ足を急ぐ。


職員室に行くと・・・。
ありゃ、誰もいない。


「えむさん、えむさん」


後ろから声がするので振り向いたら、
校長室から


「こっちこっち。」


と学年主任が手で合図している。
聞き間違えたらしい。


中に入ると、校長、担任二人、そして加害者の母親が一人いた。


「この度は・・・どうもすみません。」


加害者の母親が腰をあげ、挨拶する。
私も軽く会釈した。



殺るか、殺られるか (明日へ) に続く。