殺るか、殺られるか  (明日へ) | ヒトコワ新聞

殺るか、殺られるか  (明日へ)

殺るか、殺られるか (疑心暗鬼)の続きです。


校長室の中に入ると、校長、担任二人、そして加害者の母親が一人いた。


「この度は・・・どうもすみません。」


加害者の母親が腰をあげ、挨拶する。
私も軽く会釈した。


校長が話を進めた。


「え~、もう一人のお母さんのほうが、朝見えていたんですが、
 ちょっと、病院へ行くということで、これないようです。
 こちらのお母さんは担任の呼びかけに応えて下さり、
 こちらに来ていただきました。お母さん、どうもありがとうございます。」


校長、他職員が少し頭を下げると
加害者の母親は何かバツの悪そうな顔をして


「はぁ・・・。まぁ・・・。」


と応えている。
何か安っぽいB級ドラマのようだ。


「あの・・・。
 これ・・・。
 この度はすいませんでした。」


差し出されたのは、銀行の柄の封筒だった。
中には紙幣が透けて見える。
一人の担任教師が続けて


「これ、○○さんからのものです。」


今度は茶色の封筒。
中央に自信なさげな小さな文字で


「ボンネット代・・・○○(氏名)」


と書かれている。


「一応、何かあるとまずいので、検めましょうね。」


私は銀行の柄の封筒を開けた。


「余ってたら私に頂戴よ。」


学年主任が冗談を仄めかす。


「じゃあ、足りなかったら下さいね。」


私も返す。


私は紙幣を広げ、数えた。
中には、最近増刷された新紙幣も混ざっている。


いち・・・

にい・・・

さん・・・

しい・・・

ごぉ・・・

ろく・・・

なな・・・


・・・。


一万円札が七枚と、千円札が五枚。
合計七万五千円入っていた。


同様に、茶色い封筒も中を検め、
同額が入っていた。


「領収書はどうしますか?」


学年主任が口を開く。


以前の最後の話し合いの時に
ある母親が「○○自動車の領収書を下さい」と
請求したことがある。
これを受けての配慮だろう。
今日、来ている母親は別の母親なので、
気にしている様子はない。


私は、今後の問題再発防止のため、
お金を受け取る前にこう、説明した。


「領収書の件ですが、残念ながらまだ学校にいるお子さんが
 落ち着いているようではないので、
 私としてはボンネットはこの学校の勤務が終わるまで
 しない方向で考えています。
 また、やはり車を売る可能性もまだ否定できません。
 その際はボンネットを修理せず、売りに出すかもしれません。
 このへんのところをご理解いただければ・・・。」


私の言葉を待たずして、学年主任が


「今日来ているお母さんは領収書の件は別にかまわないですよね。
 もう片方のほうは、何か問題があったらまた、その都度出す、
 という方向で。」


加害者の母親もうなずいている。


みな、早く終わらせたい雰囲気が漂う。


一人の学級担任が


「えむさんの場合、自動車会社からの領収書ではなく、
 受領書になると思います。」


と発言した。
まぁ、どちらにしても金銭の動きは書面で証明する必要がある。
しかし、手持ちの領収書はない。


「事務室にないですか?」


私が促す。


学年主任が領収書を取ってきたが、内容が今回の金銭の受け渡しには
そぐわないので、また、書類を職員が探し始めた。


「あ、もし良かったら、パソコンで作りますよ。
 すぐできますから。」


そう、私が進言した。
じゃあそれで、ということになり、


「じゃ、ちょっと作ってきます。」


そう、言い残して私は別室のデスクトップPCに向かって
領収書作成を始めた。


5分ほどで校長室に向かうと、
誰もいなかった。


「???」


どこかに行く、とは聞いていなかったので
職員室を探す。
すると、学年主任が自分の仕事をしていた。


「あの、作ったんですけど・・・。」


領収書を学年主任に渡した。


「あの・・・、お母さんは帰ったんですか?」


学年主任は


「えぇ、帰ったわよ。
 お疲れさん。」


・・・。


なんか、いつの間にか終わったようだ・・・。



「・・・お、お疲れ様でした。」


私はあっけにとられながら、学年主任に会釈して、
学級担任を探すことにした。
すぐ見つかったので、声をかけた。
こちらも、自分の仕事をしている。


「お、お疲れさまでした。」


私がそういうと、学級担任は


「いえ~、えむさんこそお疲れさんでした。
 結構長くなってすいませんねぇ。」


こちらも、比較的あっさりしている。


なにか、釈然としないまま自分の持ち場に戻り、
いつものように帰宅の準備をする。


持ち場から、職員室へ戻り部屋の鍵を返す。


「お疲れ様でしたー。」


一声かけるが、広い職員室からは相変わらず返事がない。




自分の車が待つ駐車場へ歩く。
あの事件があってからは、この駐車場への道のりが
毎回、不安でたまらない。
そして、車をぐるっと一周して車体をチェックする。


・・・。


今日も異常はなかった。


車に乗り込み、エンジンをかける。
ギアを1速に入れ、アクセル。
車内に流れる音楽も耳に入らず、
自問自答していた。


「本当にもう終わったのか?」

「問題が再発する可能性は?」


しかし、私にはもう、考える力も
運転する気力すら、なかった。


気が抜けたのだろうか、足に力が入らない。
いつもの帰り道が何倍も遠く感じた。




誰もが苦しんだ。


たった一つのことで。


何かをキッカケに、


誰も幸せになることはなかった。


しかし、


それぞれの人生、前には進んだ。


私も


前に進めた。


そして、明日へ。


もう二度と後戻りがないように願うばかりである。




殺るか、殺られるか